匿名:beginning氏の闘病記


beginning氏の闘いの軌跡を本人の了承のもと追っていきます。


⑴苦悩~ここまでの一ヶ月~

気づけば一ヶ月も更新していなかった。

余裕が無いんだな~と思う。


この一ヶ月、薬は最大投与ミリ数の10ミリ手前まで増え、副作用によるものなのか鬱症状によるものなのかわからないが、朝起きることがかなり困難だった。

毎日11時出勤の19時半退社の仕事だが、それでもきつい。


朝8時くらいに、一旦覚醒するが、目は覚めていても、体が動かない。

身体の上に乗っている手を、布団まで下ろすことさえ億劫で、途方もない作業に思える。


いざ起き上がり、準備をして、玄関を出・・・たつもりがまだ布団の中にいる。覚醒と、現実的に仕事に行く準備をするという『夢』の間を行ったり来たりする。


二週間前までくらいは、自分で起きるのはもう困難だった。相方に前日から泊まってもらい、まず座位まで起こしてもらい、その後、立ち上がらせてもらう。立ち上がったらなぜか思考が仕事モードに切り替わり、猛スピードで準備できた。


そして始業ギリギリに職場まで送ってもらう・・・


社会人として、本当にギリギリだった。


ただ、仕事中は、軽い躁状態のような感覚を得て、自ら作成した通常業務のTODOリストをこなしながら、障がいを持った方の1日の仕事をマネジメントし、さらに上から任されている仕事をスキマの時間で終わらせる。

客観視しても明らかに忙しく、充実している。スケジュールは分刻みだ。


だが、自分の病状とのアンバランスさを、気づきながらも無視している。


いつか壊れるんじゃないかという怖さは常にある。


そんな一ヶ月を過ごしてきた。


表面上は、順調すぎるほど社会復帰できていると思うが、限りなく漆黒に近いグレーゾーンに、今自分は存在している。


本当に、怖いことだ。


でも、幸せだ。


矛盾している。


続く。


(2)H27.2.23記録

今回、ある段階まで自分自身の病状が到達した為記録を行なう。


これから書く幾つかの文章は、あくまで個人的見解であり、他者を中傷したり、批判したりする目的は一切無いことを先に述べておく。




それでは。




昨日、ついに自分に与えられた通常業務の中で、自信を持って完遂できない業務が明確になった。


つまり、私自身を現在襲っている症状によって、ということである。


一般的に見た場合強迫性障がいの典型的な症状とも言えるが、最近はそれを通り越して、その瞬間を正しく認知することも難しくなっている。




具体的なものを以下に挙げる。(詳しい業務内容の記述は行わない)




薬の空包確認


配膳車の食札数確認


入浴袋準備


排泄表記入における確実性の認識




以上の4つを具体的に1人で完遂することができなかった。


今までは時間をかけて(ひとつの確認行為に10分以上。もちろん通常の業務終了時間設定より最低でも40分は平均して遅れる)行えば、他の人と同等レベルの確実性を持って業務を完遂することができていたが、昨日は体力的、精神的に業務途中においてエネルギーを使い果たしてしまい、他職員に業務を委託することで帰路についた。




このことは、私にとってかなりの不安をもたらした。




まず、通常業務の中に自分一人で完遂できない仕事がある時点で、社会人としてはもう成立しないのではないかということ。




そして、上記の部分を許容していただけたとして、今後単純に、仕事を続けたとしても、これからどんどん自分の出来る業務の幅が狭くなり、まさにフェードアウトするようにまた社会から排除されてしまうのではないかということである。




正直昨日は業務の途中、そして帰路についてからも気分は沈み、ほぼ混乱状態だった。




でも、元来の性格(根本的にはプラス思考)に後押しされ、相方の傾聴に後押しされ、結論から言えば私は明日も仕事に行く。




そこまでの思考プロセスは、次の投稿で記載する。




つづく


(3)挑戦

23日の投稿後、結果的に24.25と通常通り出勤し、任された業務プラス自分に裁量権が与えられた業務を無事成し遂げ、今日の休日を迎えた。

シフト制万歳である。


出勤した2日間は、病気の症状により出来ないことは、同僚に自分の病気のことを話し、委託して終わらせ、逆に自分にしか出来ない業務(裁量権を任された業務)に多くの時間を割くことができた。


そもそも、ということになるが、このような働き方というものが社会的に許されないことが、極論、精神障がい者及びその他の障がいを持つ方々の社会復帰を阻んでいると私は考える。


通常、健常者の世界では、任された仕事に取り組む前に『絶対に出来ない』と発言することは常識として許されていないと思う。(業務を任せる側が個人の能力を著しく見誤っている場合を除く)

例えば、健常者と認識されているソーシャルワーカーが『人見知り』ですと言い、面談や対人援助はちょっと自分には厳しいです、などと言った場合、おそらく少なくともそれらの場面が必要とされるソーシャルワーカーの職務内容だった場合、最悪自主退職に追い込まれるだろう。


だが、自分を含め特に精神障がいを持つ方々の世界では、取り組む前に『病的に~が絶対に出来ない』というものが事実上出てきてしまう。


それによって、健常者多数によって構成されている日本の『社会』に、私達のような障がいを持った人間が参加して行くことは困難を極める。


実際に、何ヶ月かは私自身人の力を借りながら仕事を続けてきたが、日本『社会』、そして現在籍を置かせていただいている組織において、上司に報告もせずにその状態を続けることに限界を感じ、自分の病状や、それが業務にどのように支障が出ているかを文書にし、昨日上司に提出した。


その結果主任が面談してくださり、人事に話を通してくださることになった。

今は、その結果を待っている状態である。


次の投稿でその文書の内容を掲載する。


私は、この自分の社会復帰の段階の一進一退が、ひとつの事例研究だと考えることにした。私は、人生を通して、精神障がいを持っていても日本『社会』から排除されずに生きていけるということを証明したい。

何回寝たきりになろうともあきらめない。精神保健福祉士、社会福祉士として、挑戦して行く。

それが、前回記載した仕事に通う決心へ繋がった思考プロセスである。


つづく

(4)賭け

日々お世話になっております。
お忙しい中申し訳ありませんが、ご一読いただければ幸いです。
 
1)現在1人で完遂できない業務(責任が比較的重い業務)
    薬空包チェック
 →他者に委託、またはダブルチェック
    配膳車食札チェック
 →他者に委託、またはダブルチェック
    排泄表記入確実性
 →ダブルチェック
    入浴袋
 →作成(ダブルチェック)
 
2)完遂できるが、確認作業に時間がかかる業務
    →
その他確認の必要性がある業務
 
3)完遂できる業務
  
①行事レク業務(実質的責任者)
  
②入浴袋以外の居室担当業務
  
③○○氏教育指導係業務(職員指導業務)
  
④その他確認を伴わない業務
 
(4)結論から述べますと、任された通常業務の中に一人で完遂できない業務(他の人は難なく完遂できる)がある時点でここで働いていていいのかという不安(特に空包チェックや排泄表記録)、会社に対して存在が負担になっているのではないかという不安、があります。
  
 一方で、自分自身だけのことを考えれば、収入を得ていくほかに自立した生活を行えないということもあり、いろいろな負の要素を無視した場合、働き続けたいというのが本心です。ただ、利用者の存在を考えた場合、それが社会的に許されるかといえば、許されない気もします。
 それを踏まえた上での今回の相談です。
 また、一度異動中止等取り計らっていただいたこともあり、今回は(今後は)上の方の指示通り動いていきたいと考えています。
 自分自身の介護員としての能力的限界(特に排泄表)も見えてきている中で、今回このような書面を作成させていただきました。今後の処遇について、ご意見いただければ幸いです。
 よろしくお願いいたします。

つづく



(5)かつての記憶

心に寂しさが忍び込まないように

目を閉じて胸の音を聞く

広がる空は、白い天井に遮られ

僕は自分に話しかける


お前はなぜ息をしている?

なぜ飯を食い、生きようとしている?

その先に何が待っているか知っているのか?

何も待ってはいない。

ただこの、怠惰な、無意味な時が羅列しているだけだ。

お前はただ、それに甘え、貪り、踏襲していくだけだ。


怖い。怖い。早く終わりがくればいい。

ごめんなさい。ごめんなさい。

生きようとして、迷惑をかけて、

本当にごめんなさい。


窓際にはカーテンレールが見える。

それにより僕は時間を止めることができる。

怠惰で、無意味な時を。


ただ、動き出す力がない。

ただ、それだけ。

本当にごめんなさい。


カーテンレールの隙間から澄んだ青色が見える。

それと自分との距離。

途方もない距離。

暗く、静かな距離。


前に進むには、それとの距離を縮めなければならない。

毎日、垣間見える青色を見つめよう。

そう決めた。


それから時が少しだけ変わった。


目を閉じて胸の音を聞く。

父になった自分が子どもと遊ぶ姿。

そうだ。

こうしている場合じゃない。

カーテンレールの隙間から、

未来が少しだけ差し込んできた。


大丈夫。

大丈夫。

つづく

(6)ギャンブル

賭けに負けた、と客観的には見えるのかもしれない。

結果だけを見ると、私は現在、鬱状態、強迫性障害の悪化により休職している。


当初の試みとして、無理をせず仕事を辞めて行動療法に専念する(今の社会常識としてはそれが 望ましいとされていると考えられる)のではなく、業務に取り組む中で強迫行為にとらわれても、他の職員にその起因となること(トリガー)を委託して避けながら、自分にしか出来ないその他の業務を行うということで社会に(会社に)居場所を作っていく、ということを行った。


実際に、それは一定の成功を収めることとなった。なぜなら、自分の強迫行為のトリガーとなるものは他の人にとっては特に何でもない容易い業務であったからだ。

半年以上、そのようにしてトリガーを避けながら、私は他の仕事の責任者として小さいながらも組織改革に近いことにまで着手することができ、それも一定の成果を生んだ。


しかし、結局のところ、私は今休職している。

これは賭けに負けたということなのか?

私はそうはまだ思わないし、諦めていない。ただ、落とし穴が一つだけあった。


次の投稿で休職までの経緯をお伝えする。


平成27年3月28日記入

つづく

(7)漆黒の犬

黒い犬の権力の増大。

それが落とし穴の正体である。


かつての英国首相チャーチルは、自身の鬱症状を黒い犬と呼んだ。


統合失調症における当事者研究の例として、病状や実際の症状に名前を付け、それらを客観視し、うまく付き合えるように本人が分析し理解して、さらに少しずつそれらと距離をとるように訓練して病状や症状にとらわれないようにするというものがある。


客観視するという意味で、私も自身の鬱症状を黒い犬と呼び、症状が出てきたときには周囲に「黒い犬がきてる」というふうに伝えるようにしていた。


事実、統合失調症のそれが効果を示しているように、私や周囲の人にとって「黒い犬」という呼称は充分な役割を果たしていた。

客観視することでその「黒い犬」に支配される前に対策をとることができた。例えば頓服の薬剤の服薬や、意識的に横になり休憩するなどし、悪化を防いでいた。


しかし、今回、私の中で、結果的に黒い犬に支配されるということは想定外の出来事となってしまった。


結論として、今回の休職は強迫行為の悪化もさることながら鬱症状の悪化が決定打となったと言わざるを得ない。

強迫行為自体に対する対策が上手くいっていたため、黒い犬の存在を軽視しすぎた。

気付いた時には自力で犬と戦うことができなくなるほど私は疲弊していた。


思い返せばこの半年間、他の職員の方々のご協力のおかげで仕事を続けてこれたものの、体力の低下は著しくなっていた。休職直近の3ヶ月程度は一日体力がもたず、昼休憩の際仮眠を取っていた。

にもかかわらず、まだいける、まだいけると、引き際の判断を誤ってしまった。


そして、鬱症状悪化に比例し、強迫行為の種類も回数も増えていき、ついにはほとんどの仕事が自身だけでは完遂できなくなった。 

以前書いたようにこの段階で役職者に報告したが、結局一度幕を下ろさざるを得なくなり、休職という手段を取った。


黒い犬は私の中で強い力を持って、死へと誘う漆黒のレールを容赦なく創り上げようとしていた。


私は、それから一度逃げることを選び、列車から降りた。


安易な決断ではなかったことを、できれば周囲の方々に伝えたい。


つづく

(8)平成27年3月29日現在 服薬状況


サインバルタ60ミリ

《30ミリ2カプセル、※60ミリはサインバルタ1日投薬量許可ミリ数の最大値》



頓服 不安時

レキソタン2ミリ錠

※日中6ミリを限度に服用


寝る前

クエチアピン12.5ミリ錠→1錠

リフレックス15ミリ錠→2錠《合計30ミリ》

レキソタン5ミリ錠→1錠

(9)氷河期における雑草の在り方について

結婚式の招待状を送ってくれた友人へ宛てた欠席のお詫びの手紙。


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久しぶり。元気ですか。


今の俺は、というと、朝やっと起きて薬の副作用と闘いながら働いてきたけど、ついに働けなくなり、今は休職して、1日1日をやっと生きている、という感じです。


遠いところへ行ったり、結婚式の間に普通の大人のように過ごすのは、今の自分にとっては恐ろしく難しい。


そして、恥ずかしながら絶望的に金がない。

ご祝儀や旅費、滞在費、そこに回せる金が今の俺には全くない。生活費の捻出が精一杯。


みんなと同じような生活レベルに俺は今いない。他の人の結婚式も、全て断ってきた。

とても悲しく、辛くて情けない。


けどいつか、みんなを祝うことができる日を目指して、俺は日々を一生懸命生きてる。


また、みんなと酒飲んだり騒いだりしたい。

現実は厳しいけど、またくだらない話をみんなでしたい。

その日を夢見てる。

けど、それは今はできない。

本当に申し訳なく思う。


結婚式行けなくてごめん。

本当におめでとう。

みんなにもよろしくお伝えください。


愛しています。

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以上。

現実は、正直つらい。

でも、前を向く。

いつか、いつか。


今は、しょうがない。

今の精一杯を認めて自分を許す。


その精一杯は、誰かの明日を幸せにできると信じて。


平成27年3月30日記入